事例紹介

【法人・事業主のお客様】労働問題・労務管理

元従業員の引き抜き行為に対する損害賠償請求と残業代,退職金問題を一体的に解決できた事案
法人

 ある従業員が会社を退職した途端、当該従業員が担当していた顧客からの解約が相次ぎました。解約を申し出た顧客の数や、そのタイミングから、当該従業員が、顧客への引き抜き行為を行った可能性が強く伺えるという相談をいただきました。なお、本件では、会社の顧客への引き抜き行為をしないこと、会社の機密情報を持ち出さないことを約束した合意書を事前に作成していました。相談者は、このような顧客の引き抜き行為を許すことができず、損害賠償請求のご依頼をされました。
 また、会社は当該元従業員から、未払残業代の請求、退職金の支払い請求をされていたため、これらへの対応についてもご一緒にご依頼されました。

弁護士の活動
【顧客引き抜き行為について】

​ 受任後、会社の担当者から細かに事情を聞き取り、それと並行して資料を収集しました。会社と従業員とのトラブルにおいては、まずは会社のルールブックである就業規則の確認が重要です。本件では、在職中における顧客の引き抜き行為を禁止していることに加えて、退職後であっても会社の顧客への引き抜き行為をしないこと、会社の機密情報を持ち出さないことを、就業規則において約束しているという事情がありました。
 顧客の引き抜き行為との関係では、当該従業員と顧客とのメールのやり取りや、パソコンの操作を記録したログ、当該従業員の行動履歴(いつ顧客に最終訪問し,後任の担当者に引き継ぎをしたのか等を記録したもの)等を会社の方にご準備いただきました。
 また、退職した従業員から引き継ぎを受けた、後任の従業員から事情を聞き取り、引き抜きを受けたと思われる顧客の反応等について聴取をしました。さらに、引き抜き行為を受けたが、依頼者である会社と、引き続き顧問契約を締結していた顧客に事情を確認するため、弁護士が現地に行くなどしました。そこでは、退職者が、いつ・どのように引き抜き行為をしたのかについての事情の聞き取りを行いました。
 このような調査をすることで、後任者への引き継ぎを終えているにも関わらず、退職者が、当該顧客に関するデータを私物の記録媒体にコピーしていた事実などを確認でき、引き抜き行為をしたことを裏付けました。こうして資料を収集したうえで、相手方に資料を提示し、損害賠償請求をしました。しかしながら退職者は、引き抜き行為をした事実を認めず、当方から訴訟を提起することになりました。
 実際の顧客の引き抜き行為は、密室で行なわれることが殆どであり、直接の引き抜き行為をメールなどで行い、記録が残っていることは稀です。したがいまして、裁判においては、裁判官に引き抜き行為を行ったと認めてもらうことは簡単ではありませんでした。そこで、退職者の行動履歴から、データをコピーしたのは引き継ぎ後であること、また、データのコピーは引き抜き行為の準備行為としか説明できないことを裁判所にアピールしました。


【残業代について】
 

 残業代の請求については、就業規則や給与規定を確認し、賃金や各種手当がどのように定められているのかを正しく認識することが重要です。就業規則や給与規定を確認した上で、残業代を算定するための基礎賃金を導きます。手当の内容によっては、基礎賃金に含めるか否かが争点になるものもあるため、手当の運用を給与明細書により確認したり、人事の方に事実関係を確認したりします。本件では、相手方からは、会社の家族手当が基礎賃金に含まれるという主張が出ましたが、当方は裁判例を分析した上で反論を加えました。
 残業代の請求事件については、労働時間が問題となることがほとんどです。本件では、会社において、残業は上長による承認制にしておりました。しかしその一方でタイムカードも利用していたため、承認制とタイムカードとの関係が問題となりました。この点については、タイムカードを用いるようになった経緯からの説明を行い、あくまでタイムカードは、従業員が勤務場所に入った時間と勤務場所から出た時間を把握するものであり、タイムカードの時間がそのまま労働時間になるものではないという主張を展開しました。ただし、本件での労働時間の問題については、厳しい裁判を強いられました。



【退職金について】

 当方としては、在職中に退職者が顧客の引き抜き行為を行ったことは、会社へ故意に損害を与える行為であり、退職金不支給事由に該当すると主張しました。この点については、引き抜き行為を理由とする損害賠償請求と同じ問題を主張・立証していくことになりました。


 

結果
 

 本件では、退職者が会社に解決金を支払う形の和解で裁判が終了しました。そして、裁判終了後に解決金が無事支払われ、事件は終了しました。

 

 顧客の引き抜きは、たとえ状況証拠があり、引き抜き行為を行ったことが推認されたとしても、実際にいつ・どのように引き抜き行為を行ったかを具体的に立証することは困難です。引き抜かれた顧客は、元従業員と取引をしている訳ですので、引き抜かれた顧客から有利な証言を引き出すことは困難ですし、引き抜きを行ったことの客観的な証拠もなかなかありません。今回も厳しい裁判にはなりましたが、緻密に退職者の行為を分析し、データのコピー行為を特定することで裁判所に「怪しい」と思わせることができました。
 通常、残業代を請求された場合、使用者側の未払金が一切ないということはほとんどありません。本件でも判決になれば、一定程度の残業代の支払いを命じられる可能性が高い事案でした。
 しかしながら本件では、顧客の引き抜き行為の立証を粘り強く行うことで、当方に有利な和解勧告を裁判所から引き出すことができました。判決までいくと、判断が分かれてしまう可能性がある微妙な事件でしたが、早期に和解できたことで、当方に有利な内容で解決することができました。
 従業員が会社の在職中に、顧客への引き抜き行為を行ったことで、顧客の解約が相次いだというご相談は多いです。顧客の引き抜き行為を防止するには、「顧客との取引禁止条項」を定めた誓約書を作成する在職中に顧客情報を持ち出していないかをチェックする仕組みを作るなどの、事前の対策が非常に重要です。また、引き抜き発覚後であっても、事実関係を綿密に調査することで、相手方へ損害賠償請求ができる場合もあります。
 本件でも、退職者の行為を緻密に分析して主張・立証することで、引き抜きの事実があったことをある程度証明することに成功し、その結果、当方に有利な和解によって解決できた事案でした。

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